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最高裁判所第三小法廷 昭和61年(行ツ)102号 判決

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人鎌田久仁夫、同川辺一清、同並木朝雄の上告理由第一点について

地方公共団体の議会の議員の定数配分を定めた条例の規定(以下「議員定数配分規定」という。)そのものの違法を理由とする地方公共団体の議会の議員の選挙の効力に関する訴訟が公職選挙法(以下「公選法」という。)二〇三条の規定による訴訟として許されることは、当裁判所大法廷判決(昭和四九年(行ツ)第七五号同五一年四月一四日判決・民集三〇巻三号二二三頁、昭和五六年(行ツ)第五七号同五八年一一月七日判決・民集三七巻九号一二四三頁、昭和五九年(行ツ)第三三九号同六〇年七月一七日判決・民集三九巻五号一一〇〇頁)の趣旨に徴して明らかであり(最高裁昭和五八年(行ツ)第一一五号同五九年五月一七日第一小法廷判決・民集三八巻七号七二一頁、同昭和五九年(行ツ)第三二四号同六〇年一〇月三一日第一小法廷判決・裁判集民事一四六号一三頁参照)、本訴を適法とした原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

同第二点について

公選法一五条七項は「各選挙区において選挙すべき地方公共団体の議会の議員の数は、人口に比例して、条例で定めなければならない。ただし、特別の事情があるときは、おおむね人口を基準とし、地域間の均衡を考慮して定めることができる。」と規定しており、地方公共団体の議会は、議員定数配分規定を定めるに当たり、同項ただし書の規定を適用し、人口比例により算出される数に地域間の均衡を考慮した修正を加えて選挙区別の定数を決定する裁量権を有することが明らかである(なお、同法二六六条二項は、都の議会の議員の定数配分に関する特例を定めたものであるが、同法一五条七項ただし書の規定が存しなかつた当時に設けられた規定であつて、同ただし書の規定以上に広範な裁量権を都の議会に付与するものではない。)。そして、いかなる事情の存するときに右の修正を加えるべきか、また、どの程度の修正を加えるべきかについて客観的基準が存するものでもないので、議員定数配分規定が公選法一五条七項の規定に適合するかどうかについては、地方公共団体の議会の具体的に定めるところがその裁量権の合理的な行使として是認されるかどうかによつて決するほかはない。

ところで、地方公共団体の議会の議員の選挙に関し、当該地方公共団体の住民が選挙権行使の資格において平等に取り扱われるべきであるにとどまらず、その選挙権の内容は、すなわち投票価値においても平等に取り扱われるべきであることは、憲法の要求するところであると解すべきであり、このことは前掲各大法廷判決の趣旨に徴して明らかである。そして、公選法一五条七項の規定は、憲法の右要請を受け、地方公共団体の議会の議員の定数配分につき、人口比例を最も重要かつ基本的な基準とし、各選挙人の投票価値が平等であるべきことを強く要求しているものと解される。したがつて、議員定数配分規定の制定又はその改正により具体的に決定された定数配分のもとにおける選挙人の投票の有する価値に不平等が存し、あるいはその後の人口の変動により右不平等が生じ、それが地方公共団体の議会において地域間の均衡を図るため通常考慮しうる諸般の要素をしんしやくしてもなお一般的に合理性を有するものとは考えられない程度に達しているときは、右のような不平等は、もはや地方公共団体の議会の合理的裁量の限界を超えているものと推定され、これを正当化すべき特別の理由が示されない限り、公選法一五条七項違反と判断されざるをえないものというべきである。

もつとも、制定又は改正の当時適法であつた議員定数配分規定のもとにおける選挙区間の議員一人当たりの人口の較差が、その後の人口の変動によつて拡大し、公選法一五条七項の選挙権の平等の要求に反する程度に至つた場合には、そのことによつて直ちに当該議員定数配分規定の同項違反までもたらすものと解すべきではなく、人口の変動の状態をも考慮して合理的期間内における是正が同項の規定上要求されているにもかかわらずそれが行われないときに、初めて当該議員定数配分規定が同項の規定に違反するものと断定すべきである。

以上は、当裁判所の判例(前掲各第一小法廷判決)の示すところであり、これを変更すべき理由はない。

そこで、昭和六〇年七月七日施行の東京都議会議員選挙(以下「本件選挙」という。)が依拠した東京都議会議員の定数並びに選挙区及び各選挙区における議員の数に関する条例(昭和四四年東京都条例第五五号)の議員定数配分規定(以下「本件配分規定」という。)をみるに、原審の適法に確定するところによれば、本件配分規定の定める選挙区別の定数は、本件選挙当時、地理的に極めて特殊な状況にあつて定数が一人の島部選挙区を除く三九の選挙区のうち二五の選挙区において、直近の昭和五五年一〇月実施の国勢調査による人口に比例しておらず、選挙区間の議員一人当たりの人口の較差が最大一対三・四〇に達し、人口の多い選挙区の定数が人口の少ない選挙区の定数より少ないといういわゆる逆転現象も数多くの選挙区間でみられた、というのである。

本件選挙当時の右の較差及び逆転現象が示す選挙区間における投票価値の不平等は、選挙区の人口と配分された定数との比率の平等が最も重要かつ基本的な基準とされる地方公共団体の議会の議員の選挙の制度のもとで、地方公共団体の議会において地域間の均衡を図るため通常考慮しうる諸般の要素をしんしやくしてもなお、一般的に合理性を有するものとは考えられない程度に達していたものというべきであり、これを正当化する特別の理由がない限り、本件選挙当時の選挙区間における右投票価値の較差は、公選法一五条七項の選挙権の平等の要求に反する程度に至つていたものといわざるをえないところ、本件において右の特別の理由を見いだすことはできない。

所論は、選挙区別の議員一人当たりの人口に一対三程度の較差が生ずることは、公選法が当然に予定し許容するところである、という。公選法は、都道府県の議会の議員の選挙区に関して、右選挙区は郡市の区域による(一五条一項)、右区域の人口が議員一人当たりの人口の半数に達しないときは、条例で隣接する他の郡市の区域と合わせて一選挙区を設けなければならない(同条二項)、郡市の区域の人口が議員一人当たりの人口の半数以上であつても議員一人当たりの人口に達しないときは、条例で隣接する他の郡市の区域と合わせて一選挙区を設けることができる(同条三項)と規定した上、かようにして設定された各選挙区にその人口に比例して議員の定数を配分すべきこと(同条七項)を規定している。かかる制度のもとにおいては、各選挙区に最低一人の定数を配分する関係上、定数が一人で人口が最も少ない選挙区と他の選挙区とを比較した場合、それぞれの議員一人当たりの人口に一対三程度の較差が生ずることがありうるが、それは右に述べた公選法の選挙区割りに関する規定に由来するものであつて、当該議員定数配分規定をもつて同法一五条七項の規定に違反するものということはできない。しかしながら、本件配分規定のもとにおける前記一対三・四〇という較差は、定数が二人以上で議員一人当たりの人口が最も少ない選挙区と他の選挙区とを比較した場合における議員一人当たりの人口の較差であるところ、公選法の規定に基づく選挙区割りを前提としても人口に比例して議員定数が配分されるとすれば、定数が二人以上で議員一人当たりの人口が最も少ない選挙区と他の選挙区とを比較した場合に、それぞれの議員一人当たりの人口に右のような較差が生ずることはないのであつて、右の較差をもつて公選法が当然に予定し許容するものであるということはできない。そして、本件配分規定のもとにおける前記の逆転現象については、公選法が全くこれを予定するものでないことはいうまでもない。

また、本件配分規定のもとにおける選挙区間の投票価値の較差は遅くとも昭和四五年一〇月実施の国勢調査の結果が判明した時点において既に公選法一五条七項の選挙権の平等の要求に反する程度に至つていたものであり、右較差が将来更に拡大するであろうことは東京都における人口変動の経緯に照らし容易に推測することができたにももかかわらず、東京都議会は極く部分的な改正に終始し、右較差を長期間にわたり放置していた。このことは、前掲昭和五九年五月一七日第一小法廷判決の判示するとおりである。東京都議会は、右判決の言渡し後に、昭和五九年東京都条例第一三〇号をもつて本件配分規定の一部改正を行い、三選挙区につき定数一人を各減員し、三選挙区につき定数一人を各増員したが、右改正は部分的是正の域を出ず、投票価値の不平等状態を解消するには不十分なものというほかはない。したがつて、東京都議会は、本件配分規定のもとにおける投票価値の不平等につき、公選法一五条七項の規定上要求される合理的期間内における是正をしなかつたものであり、本件配分規定は、本件選挙当時、同項の規定に違反するものであつたと断定せざるをえない。

以上と同旨の原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

同第三点について

原判決は、本件選挙は違法な本件配分規定に基づき行われた点において違法であるものの、行政事件訴訟法三一条一項の基礎に含まれている一般的な法の基本原則に従い本件選挙を無効としないこととするのが相当であると判断した。かかる場合、選挙を無効とする旨の判決を求める請求を棄却するとともに、当該選挙が違法である旨を主文で宣言すべきことは、所論引用の前掲昭和五一年四月一四日大法廷判決の判示するところである。原判決の主文は、右大法廷判決のそれとは若干表現形式を異にしてはいるものの、本件選挙を無効とする旨の判決を求める被上告人の本訴請求を棄却するとともに、本件選挙が違法である旨を宣言する趣旨のものであると解され、原判決が被上告人の請求しない事項につき判決したとか、あるいは原判決が右大法廷判決に違反するものということはできない。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤正己 裁判官 安岡滿彦 裁判官 長島 敦 裁判官 坂上寿夫)

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